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岡山地方裁判所倉敷支部 昭和32年(ワ)28号 判決

原告 多賀繁之

右訴訟代理人弁護士 笠原房夫

被告 河合勇

右訴訟代理人弁護士 岸本静雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、別紙目録記載(一)ないし(三)の建物が原告の所有であり、現在被告が原告よりこれを賃借していること、被告において右(二)の建物が初め平家建であつたものを二階建に改造したこと及び別紙目録記載(四)の建物は被告がこれを改築したものであるが、右改築に当つては原告の承諾を得ていないことは当事者間に争がない。

二、別紙目録記載(二)の建物の改造について

(1)  証人河合秋子の証言及び被告本人尋問並びに検証(第一ないし第三回)の各結果によれば、別紙目録(二)記載の建物は、初めその屋上がコンクリート床平面のいわゆるバルコニー式になつており、その屋根は、東南側約三尺を残しその他の部分を覆い、又その北西部側面のみは隣接家屋の存在する関係上隔壁が設けられていて、別紙目録記載(一)と(三)の両建物の階上をつなぐいわば渡り廊下の役をなしていたものであつたところ、その朽廃破損が甚だしかつたため、昭和二十四、五年頃被告において、当時原告に代つて家賃の取立に来ていた原告の祖父に当る竹原恒太郎に対しその修理方を交渉したが、同人より、現在の家賃ではその費用は出せないから費用は被告負担でやつてもらいたい旨の話があつたので、被告自身約二万円の費用を支出して奥田正平なる大工を頼み、右コンクリート床平面全体の上に板を張りつめ、その南東部側面にベニヤ板を張つて隔壁を設け、その全体にセメント瓦葺の屋根を施した結果、現在のような二階建となつたものであることを認めることができる。

(2)  原告は、右の改造について承諾を与えたことはない旨主張し、証人竹原恒太郎もまた、被告から右建物の樋の部分のみの修理につき交渉を受けて、これを承諾したことはあるが、右のような改造については交渉を受けたことはなく、従つてこれを承諾したこともない旨証言している。しかしながら、前記のように被告において、右建物屋上部分の朽廃、破損が甚だしかつたため、竹原恒太郎に対してその修理一般の交渉をしてこれが承諾を得たものと認められるので、その修理方法が多少その程度を越えて賃借建物使用の便宜のための改造を含んでいたとしても、これをもつて賃貸借契約解除の理由たるべき背信行為があつたものとすることはできないと考えるのが正当である。以上の認定に反する証人竹原恒太郎の証言は、証人河合秋子の証言及び被告本人尋問の結果に照したやすく信用することができない。

三、別紙目録記載(四)の建物の改築について

(1)  証人山辺多喜野、同山辺頼一、同河合秋子、同守谷公平の各証言、被告本人尋問並びに検証(第一ないし第三回)の各結果及び成立について争のない乙第二号証である倉敷市土木課作成の「嘱託書の回報について」と題する書面を綜合すると、被告は、昭和二年頃から別紙目録記載(一)ないし(三)の建物(当時その位置は、現在の右建物の位置より北東方倉敷駅寄りにあつた)を当時の管理人数田和夫より賃借していたものであること、昭和六、七年頃当時その隣接家屋であつた現在の原告居住家屋に居住していた山辺多喜野が田舎に引揚げるに当り、同女の兄山辺頼一が昭和二年初頃右数田和夫の承諾を得て同家屋の裏側空地に建築した木造トタン葺平家建建物(八畳の間)を同女から無償で譲り受けたこと、昭和十三年施行の倉敷駅前区画整理の際、右(一)ないし(三)の建物を解体して現在の位置まで移動するに当り、右区画整理事務所主任であつた倉敷市役所吏員守谷公平の指示を受けて右木造トタン葺平家建建物をも現在の別紙目録記載(四)の建物の位置まで移動したこと、その際右守谷公平と前記数田和夫とが交渉した結果、現在の原告居住家屋はそのまま現在の位置に移動し、被告居住の別紙目録記載(一)ないし(三)の建物は犠牲にして解体して移動した上、その一部を削ることになつたこと、その後被告は右木造トタン葺平家建建物を仕事場として使用していたが、昭和二十六年頃雨漏りがして朽廃したので、全部これを取りこわした上その敷地上に新たに別紙目録記載(四)の建物を建築し、それ以来その階下は被告方の家業である菓子製造工場として、階上は居室として使用しているものであることを認めることができ、右の認定に反する証拠はない。

(2)  そうして、検証(第一ないし第三回)の結果によると、別紙目録記載(四)の建物の現況は、木造セメント瓦葺二階建の普通家屋であつて、別紙目録記載(三)の建物の南方裏手に位置し、その北隅部において右(三)の建物の南隅との間に、階下部は幅約三尺長さ約六尺の土間を設け、階上部は同様の亜鉛鋼板葺屋根を有する板張廊下を設け、右(三)の建物の南側白壁の中約三尺を撤去してこれと内部を連絡させている。そうして、その階下部は菓子製造工場として使用され、その階上部は六畳の和室の外、床押入及び板張廊下を備え、階下部北西隅部に幅約三尺の出入口があり、ここより細い露路を通つて倉敷駅前を北東より南西に通ずる道路に出ることができることが認められる。

四、ところで、原告と被告との間の賃貸借契約において無断増改築を禁ずる特約があつたことは、これを認めるべき証拠がないけれども、たとえこのような特約がなくとも無断増改築は、その状況、程度いかんによつては賃借人の債務不履行、すなわち保管義務違反又は用法義務違反として民法第五百四十一条の規定による契約解除の原因となり、又このような行為が賃貸人の信頼を裏切り、賃貸借の継続を著るしく困難ならしめるような賃貸人に対する甚だしい背信行為と認められる程度に達するときは、賃貸借が当事者相互の信頼関係の上に立つ継続的契約関係である以上、賃貸人は催告を要せずして直ちに契約を将来に向つて解除することができるものと解すべきである。

そこで本件についてこれを見ると、被告が前記のように、原告の承諾なくして別紙目録記載(四)の建物を改築し、かつ同(三)の建物階上の南側白壁の一部を撤去してこれと内部を連絡させた行為は前記認定のような改築の状況、程度に照し、被告の賃借人としての保管義務違反又は用法義務違反として賃貸借契約解除の原因とはなり得るものとしても、右のような被告の行為が、原被告間の賃貸借の継続を著るしく困難ならしめるような甚だしい背信行為として、催告をまたずして直ちに本件賃貸借契約を将来に向つて解除することができる場合に当るものと認めるべきかどうかについては、さらに検討を要する。

五、(1) 証人山辺多喜野、同山辺頼一、同守谷公平の各証言及び被告本人尋問の結果によると、昭和二年頃及び同十三年頃における被告家屋の管理人は数田和夫であつたことが認められるところ、前記認定のように昭和二年頃山辺頼一が現在の原告居住家屋の裏側宅地に前記木造トタン葺平家建建物を建築するに当り同人が右数田和夫の承諾を得たこと、さらに、証人守谷公平の証言によると昭和十三年施行の倉敷駅前区画整理の際現在の原告居住家屋を移動することについて右数田和夫と前記守谷公平との間に何回も折衝が重ねられたことが認められることなどから考えると、右数田和夫は、被告が右区画整理の際右建物を別紙目録記載(四)の建物の位置まで移動したことを当然知つていたものと認めざるをえない。しかも、右数田和夫がこれに対して抗議をしたという事実は証拠上認められない。そこで、これと前記認定のような別紙目録記載(四)の建物の改築の経過、その位置、構造等とを考えあわせると、果して右建物について被告の区分所有権を認めるべきであるかとうかはさておき、被告においてこれが所有権を有するものと信ずるについては一応無理からぬ点が存するものというべきである。

(2) 証人河合秋子の証言及び被告本人尋問の結果によると、本件賃貸借は、被告が本件家屋を菓子商の店舗として相当長期にわたり使用することの予想のもとに締結され、事実被告において昭和二年頃賃借当時から現在まで三十数年間右用法に従つて本件家屋を使用して来たものであることが認められる。

(3) 原告の母である証人多賀嘉代子及び祖父である証人竹原恒太郎の各証言によれば、原告及びその家族は、昭和十四年九月から同十八年五月までの間上海に在住し、同三十一年三月被告家屋の隣接家屋に移転したものであることが認められるところ、右証人等はいずれも原告及びその家族の上海在住中における被告家屋の管理人が誰であつたかを知らず、又それ以前における被告家屋の管理状況についても明かではない。

(4) 別紙目録記載(四)の建物は、前記認定のような位置、構造、大きさ等から考えると被告の賃借家屋にとつてはむしろ有益なものであつても有害なものとは認められず、又一方、右建物を収去して別紙目録記載(三)の建物の撤去部分を補修し、賃借家屋の原形に復することも困難とは認められない。

六、以上諸般の状況を参酌すれば、被告としては昭和二十六年頃別紙目録記載(四)の建物を改築するに際し、或いは遅くとも同三十一年三月原告が被告方の隣接家屋に移転して来た際原告の承諾ないし諒解を受けるべきものであつたという非難は免れないにしても、被告の原告に対する背信行為はさほど悪質なものとは認められず、これをもつて直ちに賃貸借当事者間に存する信頼関係を破砕したものとは認め難いのみならず、仮りにこれを若干傷つけたとしても、別紙目録記載(四)の建物を収去して賃借家屋の原形に復する等の方法によつて右信頼関係を回復することも必ずしも不可能ではないと認められるので、催告を要せずして直ちに賃貸借契約を解除するに値する重大な背信行為という程度には達していないものとすることが妥当であると考えられる。そしてこれは、前記認定のような別紙目録記載(二)の建物の改造の事実と併せ考えても同様である。

七、次に、原告の予備的請求は、いずれも本件賃貸借契約の解除を前提とするものであるから、前記のように右解除が認められない以上、その余の点について判断するまでもなくその理由がない。

よつて原告の第一次的及び予備的請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎)

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